作業療法士と病院

就職率抜群!!売り手市場だった90年代

ともあれ私は、そこそこ受験勉強を頑張り、首尾よくH大医療技術短期大学部に入学した。

その学部は、広いH大敷地内のちょうど真ん中あたりにあった。私は最初、そこから徒歩15分くらいの所にある学生会館に入居したが、何度か門限破りを繰り返して親に連絡され、数ヵ月で退去。結局学校のすぐ近くにアパートを借り、完全なる独り暮らしを満喫することになった。

そこでも私は決して、真面目な学生でも優秀な学生でもなかった。入学当時(平成3年)、駅前通を挟んだ校門の真向かいにカラオケボックスがあるのを目ざとく発見。たびたび授業をサボってそこにこもっては、教授にバレて襟首をつかまれ、授業に引き戻されたりしていた。

また、勉強はそこそこに、H大4年生学部の人たちとの交流も満喫した。軽音部に入った私は、T-REXのコピーバンドに所属。カラースプレーでピンク色に染めた髪がシャンプーしてもなかなか戻らず、そのまま解剖学の試験を受けに行って先生方にドン引きされたり。

医学部と合同の「医系運動会」に出場し、酒をぐいぐい飲みながら走る「一升瓶リレー」(今じゃあり得ませんね。この頃、イッキ飲みを強要されて亡くなる学生がたくさんいて社会問題に)で昼間っから千鳥足になったり。

毎日コツコツ勉強している真面目なクラスメイトだっていたのに、バカなことばかりやっていたような…。

そしてバカな仲間もたくさん居たわけだけど、この時代は作業療法士・理学療法士ともに完全なる売り手市場。就職先はピンキリだけれど、さして優秀でなくても、就職にあぶれるということはまずあり得ないご時勢だったのだ。

私が作業療法士として就職したのは、

バブルもとっくにはじけていた1994年。

しかしH大医療技術短期大学部でさえ、創設からわずか11年目だった。現場からのニーズは上昇傾向であり、まだまだ作業療法士・理学療法士の人数は不足気味。贅沢を言わなければ就職先はいくらでもあった。

ちなみに最近の傾向はどうなのだろう?元職場の学生担当に聞くと、近年は道内の作業療法士・理学療法士ともに就職は結構キビしいらしい。不況のあおりを受けない業界はないみたいだ。

ところで、作業療法士になるには当然国家資格というものが必要である。3年生のときに国家試験を受け、合格すると私の頃は厚生省健康政策局というところから、今なら厚生労働省からバーンと免許証が発行されるわけだが、試験の結果が発表されるのが大体4月のアタマ。

その前にみんな就職先を決め、卒業式も終わっちゃってるので、たま~に「就職は決まったのに国家試験に落ちちゃった」というケースもある。私のクラスメイトも2人、残念ながら不合格となった。

そういう場合は就職も取り消しになるのでは??と心配になるわけだが、2人とも無事、決まっていた病院に就職していった。1年間、待遇面でやや他の作業療法士より劣るものの、勉強しながら働く「作業療法士補佐」として雇ってもらえたのだ。

これは当時作業療法士・理学療法士業界が好景気だったからではなく、今でも結構あることのようだ。病院によっては不合格になった時点ですぐに就職を取り消すところもあるが、このあたりは院長・施設長や人事担当者次第。前述のように1年間修行しながら働けるケースもある。

当時のクラスメイトのほとんどは、作業療法士や理学療法士を選んだ理由として「ツブシがきくから」「必ず就職できるから」と言っていた。高い就職率が何より魅力。確実に働けるからこの資格を取る。

それがみんなの共通項だったから、H大の中で私たちの学部はやっぱり少し浮いていた。大学というより専門学校的な空気を帯びていたように思う。

ところでアンポンタンな私は、入学して数カ月経ったのちにやっと気づくのであった。あれ、理学療法士は下肢のリハビリメインで、精神科という選択肢は無いのに、作業療法士にはあるじゃん。

Sちゃんの言ってた芸術療法的な治療に携わりたいなら、上肢のリハビリメインの身障系より、精神科に進んだ方がいいんでないの??と。

よっしゃ、精神科の方が楽しそう。

精神科精神科。わたしゃ精神科作業療法士です。…こんな重ね重ねの浅はかさが祟って、実習でも最初の就職先でも、私は目いっぱい痛い目に逢うことになるのだ。

まぁそうこなくっちゃ、真面目に勉強してた級友が浮かばれないのだが。

軽いノリで、作業療法士を目指した
総仕上げは「長期実習」