作業療法士と病院

コント・仮装・寸劇…作業療法士は何でもやる!!

他にもいくつか通常プログラムを充実させてどうやら軌道に乗ってきたころ。、ちょうど季節はクリスマスシーズンを迎えていた。前年まで病棟では、スタッフが聖歌を歌ったり、ハンドベルを演奏したりしてクリスマス会を行っていた。

私は病棟で何人かの患者さんに、こんなことを聞いてみた。

「ねえ、もうすぐクリスマスなんだけど、今年はどんなクリスマス会にしたいですか。何か、ご希望ありますか」

「クリスマスなんて、毛唐の祭りだろ」

「そうだ、俺らには関係ねえよ」

目が点になった。ケトウとは何じゃらほい。

すぐさま、そういう昔の言葉に詳しいドクターのところに走り、意味を尋ねた。要するに、西洋人のことを指す、あまり品の良くない言葉らしい。ちなみに私は、「ドブロク」「チンチロリン」という言葉の意味も、介護病棟のチョイ悪爺さんたちに学んだのである。

そう、クリスマスを祝う習慣は、最近まで子や孫と同居していた記憶が残っている人くらいにしか、ピンと来ない。たま~に珍しいタイプのおばあちゃんが居て「元ホステスだから、知ってる!!店でツリー飾ってた!!」という人も居たけれど、たいていのお年寄りにとっては、イエス様はどうでも良い存在のようなのである。

しかし、中には少数派だけれどクリスチャンの患者さんもいるし、たとえクリスチャンでなくても、クリスマスを祝うことで「季節感」というのを味わうのは有意義なことである。ほとんど外泊もせずに長期入院していると、認知症の患者さんたちは今が何の季節なのか分からなくなり、季節感覚の希薄さが症状悪化に拍車をかける。

盆や正月ほど盛り上がらなくても、何とかクリスマス会をアレンジし、高齢者にとって楽しいものにしなければならない。私は他のスタッフの方々の知恵を拝借し、自由な発想でクリスマス会を企画してみた。

・聖歌も歌うし、ツリーも飾る。基本的な部分は崩さない。

・ただし、演歌あり、和菓子ありで、患者さんが楽しめるよう和のアレンジを施す。

・一応、クリスマスが何の日なのかの説明は行う。患者さんたちが聞いてくれなくてもめげずに行う。

・お上品に、静かに執り行うとみんな寝てしまうので、無意味。ちょっとうるさいくらいに余興を盛り込んでワイワイ騒ぐ。

たぶんホントのクリスチャンの人からみればたいそうバチ当たりな雰囲気になるだろうが、しかたあるまい。

スタッフ一堂プライドを捨て、どんな格好でもすることにした。白衣を脱いでお手製のカブリモノや大胆メイクを施し華麗に変身したのだった。結局、

サンタ
トナカイ
天使
演歌歌手
オカマで巨乳のホステス(なんで??)
落語家

などが一同に会し、はたから見れば何の会なのかまったく分からない様相を呈した。みんなの変装が一段落したとき、最初は作業療法を手伝うことに否定的だったスタッフの男性が、楽しそうに巨乳ホステスに変身しているのを見てとても嬉しかったのを覚えている。

ふだん患者さんが食事をする食堂に設置した、小さなステージ。

肝心な部分にはサンタや天使が出てきてシメるものの、合間合間にオカマやでっかい蝶ネクタイの演歌歌手が登場するものだから、患者さんはもちろん、面会のご家族が涙を流して笑ってくださり、この年のクリスマス会は好評のうちに終わった。

しかーし。

1つの行事を成功させたからといって、一息ついている余裕などない。患者さんたちといいご家族といい、1つ楽しい体験をすると「次の行事も楽しいに違いない」と期待するのが人情である。そんな期待にしっかり答え、進行する認知症の症状に脅かされる患者さんに、刺激を与えなければならない。

その後のお正月、節分、ひな祭り…と、行事のたびに私は、そして病棟スタッフの皆さんは、全力投球せざるをえなかった。

変身アイテムも経費で買いそろえ、みんなのプロ根性も日に日にヒートアップしていく。

神様、殿様、悪党、腰元、俳優、干支の動物、鬼、お雛様&お内裏様、なまはげ、松ケン、水戸黄門。

患者さんにとって懐かしいもの、古い記憶を刺激してくれるもの。私たちはそんなものになりきって、マンネリ化しがちな入院生活を活性化させることに力を注いだ。他にもたくさんやることはあるのだが、現場でお年寄りが笑ってくれたり、急に思いもよらぬ一面を見せてくれるときが一番嬉しかった。

病棟スタッフの方々は、目が回るほど忙しいにもかかわらず大変作業療法に協力的になっていった。たぶん同僚に恵まれなければ、あれほど新しい企画をいろいろ実行することは不可能だっただろう。

私もプライドかなぐり捨ててなんでもやっているうち、自分の中で少しずつ仕事に対する気持ち、患者さんに対する気持ちが変化していくのを感じていた。

年寄り上等!!一念発起でバッチコイ
「アノ匂い」が消えた不思議