作業療法士と病院

年寄り上等!!一念発起でバッチコイ

とにかく、ローテンションな日々が少しの間続いたのである。

「どんどん新しいプログラムを作って」

なんて期待されていたのに、私はしばらくの間、以前の担当作業療法士が残していった、既存のプログラムをぼちぼちやり続けるに留まった。第一、高齢で余命の少ない人たちのプログラムなんて、ヤル気がおきない。私が関わりたかったのは、未来ある若い人たちなのに…

しかし私はやがて、こりゃいかん、と思い始めた。

あれがイヤだ、これがイヤだと思っていたら、最初の就職の時と変わらない結果になってしまうかもしれない。確かに、大嫌いなお年寄り担当になってしまたのは不幸だけれど。何でもやると決めて、これが最後の就職先と決めて、ここに来たんじゃなかったっけ??

匂いに慣れるには時間がかかるかもしれないけど、もう少し頑張って貢献しないと、インスピレーションでも何でも、私をいきなり雇ってくれたこの病院に、申し訳ない。いや、それより何より、

患者さんたちに失礼である。

こうなったら自分の強みを生かして頑張るしかないと、私は急にプチッと切れるように、別人みたいなテンションで積極的に仕事をし始めた。

まず私は、ツタヤに行ってみた。

今まではまったく興味のなかった、昔の映画。ありがたいことに、当日私が行ったツタヤでは「いにしえ映画館」なるコーナーが設置されており、白黒の古~い映画のDVDが、青春モノから任侠モノまで一箇所にズラリと並んでいた。

私は病棟でときどき患者さんが口にしていた「笠置シヅ子」「池部良」「田中絹代」などの名前を探し、片っ端から鑑賞して頭の中を年寄りモード(失礼)に切り替えることを試みた。

また、重い腰をあげてプログラムを増やした。

『東京フレンドパーク』でエアホッケーを見ていて、複雑なルールも無く、単純な動きが意外に高齢者向きなのではないかと思い立った。試作品としてポリエチレン製のバスマットを切り抜き、老人の変形した手でも握りやすいよう、太い柄のついたT字型のスティックを作成。パックの代わりに、鈴の入った布製のマリを用意した。

そして、大きな食事用テーブルのど真ん中にカラーテープでセンターラインを引き、車椅子のお年寄りに向かい合わせに座ってもらう。お手製のスティックを持ち、マリを打ち合う。敵側の床に、マリを叩き落せば得点。

シングルスでもダブルスでもこの競技は大いに盛り上がった。スタッフの言うことが理解できないほど認知症の進んだ方でも、うまく敵側の床にマリを落とすと満面の笑みを見せる。評判を聞きつけて他病棟のドクターが見学に来るほど、このプログラムは成功した。

院内の競技大会では、若い患者さんたちの徒競走や障害物競走に負けない人気を博し、特定のおじいちゃん、おばあちゃんを大声で応援する若者の姿がとても微笑ましかった

また、自分が片っ端から見た古い映画を、患者さんたちにも見てもらうことも思いついた。院内の食堂にある小さなテレビで…ではなく、大きなスクリーンで映画館の雰囲気を醸し出しながら、である。

私は、病棟内で上映する映画鑑賞プログラムを増設した。職員会議で使用するプロジェクターとスクリーンを病棟に持ち込み、幼少時の美空ひばりが出演しているような古いビデオや、全盛期の石原裕次郎のヒット映画など、ツタヤのいにしえコーナーをすべて制覇してしまうほどたくさんの映画を上映した。

壁一面の大きなスクリーンに映し出される映画に、40名あまりの参加者が息を呑む様子は忘れられない。車椅子生活で、奇声を発するなどの迷惑行為があり、普通に生活していたら映画館になど入れてもらえない人たちが。本当に久しぶりに娯楽らしい娯楽を体験する瞬間だった。

認知症の症状の1つに「感情鈍磨」というのがある。要するに喜怒哀楽が損なわれ、表情も仮面のようになってしまうのである。

映画鑑賞はこのタイプの患者さんにも良い影響を及ぼし、数年ぶりに言葉を発したり(「小林旭かあ…」のたった一言だったりするけれど)、鑑賞後、自室に戻って急にお化粧を始めたり、落涙しながらひばりちゃんと一緒に歌ったり…。

レンタルビデオを殆ど見せてしまってネタに困っていたら、ドクターや病棟スタッフの皆さんが自前のビデオを持参して助けてくれることもあった。「藤原寛美」の喜劇、「大川橋蔵」の時代劇。介護病棟を担当しなければ、興味もわかなかっただろう。

あり得ない!!どこもかしこもお年寄り(涙)
コント・仮装・寸劇…作業療法士は何でもやる!!