作業療法士と病院

一度離れてまた戻った…精神科の魅力。

精神科作業療法士としてY病院に勤めていた6年間の間に結婚、そして長女出産。長女が3歳の時、夫と話し合って私は退職、専業主婦となり子育てに専念している。

2人の子どもたちが大きくなって手が離れたら…。

いずれまた、私は精神科作業療法士として働くかもしれない。いや、そんな気がする。最初の病院を辞める時に微かによぎった予感「また精神科に戻ってくるかも」という感覚が、じつは今もある。自分のことはあまり物事にのめりこまない方だと思っていたけれど、こういうのを「ハマる」というのだろうか。

他にいろいろな道があるというのに、なぜだろう?

前述したように、作業療法士が働ける分野は結構幅広い。整形、小児科、老人保健施設…。途中で専門分野を変える人は少ないが、頑張って勉強しなおすなどの努力をすれば決して不可能なことではない。「以前は精神科に務めていたけれど、次は整形に」というのもアリである。

しかし、精神科作業療法士の仕事には、何ともいえない魅力がある。

ついついのぞいてみたくなるような、そして一旦のぞいたら引きずり込まれてしまうような。

精神科病棟というのは、ある意味非日常的な空間だと思う。患者さんはみんな、心を病んでいる。さまざまな疾患名を付けられ、薬の処方を受け、作業療法士が組み立てたプログラムに沿って療養生活を送る。

スポーツや芸術に興じても、誰かが脱線したり協調性を失うことは日常茶飯事だし、脱走を企てたりブツブツ独り言を言う人がいる。奥の鉄格子の部屋からは奇声が聞こえるし、あの手この手で自殺を図っては職員に怒られている人もいる。

何十回も入退院を繰り返したり、10年以上入院していたりして院内の事情に精通し、職員と同化している人もいる。普通に暮らしていたらあり得ない、この感じ。これは何となく、何かに似ている。

そう、夜の世界に何となく似ているのだ。

私は学生のころ、周囲に内緒で少しだけクラブの「フロアレディ」というのをやったことがある。要するに水商売のお姉ちゃんだ。接客して指名をとって、自分もお酒を飲んだりカラオケをしたり。

バイト代も良かったけれど、何より面白かったのは、お客様が見せる「裏の顔」だった。大学のすぐ近くのお店ということもあり、客層はなかなかだった。医者、教授、学会などで来札して接待を受ける、どこかの偉い先生。

そこでは、仕事のストレスの反動なのか、皆さん驚くほど意外な表情を見せていた。

* お酒が入ると赤ちゃんがえりする人
* さっきまで紳士的だったのに高飛車になる人
* 下心をむき出しにする人
* 急に自虐的になってメソメソ泣き言を言う人
* 大声で誰かの悪口を言う人
* カラオケのマイクで独り言を言う人
* あげくの果てに、なぜか店内のそこらへんでオシッコをする人
* フロアレディに風俗嬢的なサービスを公然と要求して、さすがにつまみ出される人

昼間、オフィスで、家庭で、いろんなコミュニティで繰り広げられる、つつがない世界。その裏で、無理をして押しつぶされた感性が悲鳴をあげるのだろうか。地位やプライドの高さに比例するように、夜の狭い空間で露呈する「正体」は凄まじい。飲んでもおだてられてもさして表情を変えない冷静な人は、ほんの一握りだった。

ごく普通の人たちの中に在る、病んだ部分。

夜の世界にも、精神科病棟も、そんな病んだ部分が凝縮されているような気がする。

私は結構猜疑心の強い方であり、感動話やよく出来た話を聞くと「ホントか??」ととりあえず勘ぐりたくなる。そして、絶対にウラがあるはずだと思ってしまう。だから表面的な世界より、表に押しつぶされた裏の世界の方がずっと現実的で、魅力的に思えたりするのだ。

こういうタイプは、潜在的には結構多いんじゃないかと思う。

だから、ちょっと古いけれど『心療内科医 涼子』とか、『サイコドクター』のような、精神疾患を扱ったドラマなんかが高視聴率だったりするんじゃないだろうか。お水系の世界を扱ったドラマが結構人気なのも、同じ理由なんじゃないかと思う。

苦手だったお年寄りが、好きになった!!
意外と多い「出戻り」精神科作業療法士