作業療法士と病院

そんな私でも就職決まる。

H大医療短期大学部の3年生になり、整形外科・精神科の2分野の実習を無事(無事??)終えた私は、仲間と卒論制作に励みながらぼちぼち就職のことを心配し始めた。

クラスメイトの中には、お膝元であるH大医学部の実習で優秀な成績を修め、すでにH大付属病院からお声がかかっている人も居た。本当に優秀な人は、就職が決まるのもみんなよりひと足早い。

一方成績は中の中、酒飲んで倒れたり、煙草たかって怒られたりしていた私に、早めにお声をかけてくれる就職先などなかった。

これで今のように不況であれば、飲んだくれ学生の就職は無理だったかもしれない。しかしそこは売り手市場の90年代。1~2度進路相談担当の先生に相談しにいっただけで、さっそく就職の話をもらった。

先生がすすめてくれたのは、札幌ではなく近郊S市内の精神病院だった。理由は、先に働いているH大卒のT先輩が業務多忙で大変そうであるということ、また、そのT先輩が私と気が合いそうだということ。

そして「上野さんなら別に、急に新しい土地に行ってもなんとか生きていけそうだと思って」というもの。

褒められているのかけなされているのかよくわからなかったが、確かにS市ならいつでも札幌に遊びに行ける距離だし、街の雰囲気ものんびりしていて、独り暮らしするには楽しそうである。もともとアウェー好きなので、知らないところに行ってゼロから友達を増やしていくのもキライじゃないし。

T先輩にも在学中にお会いしたことがあるが、確かに適度に遊び人で楽しそうな女性である。悪くない話だったので、私はとりあえず面接に伺うことにした。

面接ではS市K病院の、院長・事務長・T先輩皆さん総出で出迎えてくださり、和やかな雰囲気にホッとしながら投げかけられる質問に答えた。急性アルコール中毒で入院した一件も話題にのぼらず、とくに懸念事項は無かったが、事務長だけが心配そうにこう告げた。

「最初は安月給だけど、やっていけるかな」

S病院の作業療法士の初任給は、手取りで16万円くらい。希望者は家賃4万円のワンルームマンションに入居することができる。

「もちろん長く務めてもらえば色々優遇していくよ。うちの作業療法士は今んとこT君だけだから、忙しいけど昇格なんかも早いと思うよ」

そうそう、この病院の作業療法士は、T先輩と私の2人だけ。最初はお給料が安くても、こういうところに就職すれば、出世も早そう♪なんて不純なことを私の方でも考えていたのは事実だった。

T先輩は1年前にK病院に就職し、作業療法部門を開設された。それまでS病院には作業療法部門は無かったのである。

ゼロのところからの開設はとても大変だ。施設基準に則って設備等を整え、必要物品をそろえ、作業療法用のカルテや評価用紙を作る。どんな分野でもそうだが、作業療法士は定期的に担当患者を評価(治療の成果を調べること)し、プログラムの見直しや退院に向けての治療計画を立てる。

プログラムにもさまざまな物品を使用するが、書類の数も相当なものであり、自分たちが使用しやすい書類を作成するのも大事な業務なのだ。

もちろん、先に作業療法士の先輩が居て、長く作業療法部門が運営されている病院に就職すれば楽チンだが、T先輩の様にたった1人で開設に当たるのはとても大変だったと思われる。

S病院での面接後、あまり日を置かずに先方から返事を頂いた。結果は、ぜひウチで働いてみませんか、というもの。

とくに不採用になることも予想していなかったので、あ、そう、という感じで私は卒論の仕上げに励み、国家試験の勉強に精を出した。

国家試験対策は5年分の過去問をつぶしていくというものだったが、1人で勉強する時間より、クラスメイトと空き教室に集まってこなしていく時間の方が多く、煮詰まることもなく進められた。前述したように、クラスのほとんどが無事合格し、新しい生活の準備を始めたのである。

まもなくクラスメイトのほぼ全員が、初々しいスーツや袴姿で、涙のうちにH大を卒業。数週間後に私は、S病院出勤初日を迎えた。

長期実習・精神科編~私がイジメられた理由(3)~
就職失敗…??さっそく嫌な予感(汗)