作業療法士と病院

そして「帰る」ことにした

この時初めて知ったのだが、警察はこういう場合、まず死体が見えないよう、電車の下回りにスカートを履かせるようにブルーシートを巻く。

野次馬たちが入って来ないよう地下鉄への出入口を封鎖するのは、その後だ。

どうやって聞きつけたのか、野次馬が乱入してくるまでにかかった時間はものの数分だった。次の電車に乗ろうと思っていた人たち?いや、人数が多すぎる。そそくさと逃げたさっきのお局さんが、地上にいたみんなに飛び込み自殺があったことを告げたのだろうか。

彼女とはやっぱり仲良くなれないようだ。自分だけさっさと帰るものだから、私だけが駅事務室に連れて行かれ軽い事情聴取みたいなものを受けるはめになった。

階段を上がって駅事務室に連れて行かれる途中、ちょうどブルーシートに囲まれた部分を狙って、たくさんの野次馬たちが楽しそうに携帯で写真を撮っているのをぼんやり見届けた。

人が死んだというのに。私はまだ足がガクガクしているのに。笑って写真を撮っている。クズだ。

私は心の中で毒づいた。

事情聴取の内容はあまり覚えていない。

あなたが一番近くにいたようだ、と言われ、向かい側のホームで、彼の背中を押している人影など見なかったか、とか、飛び込んだ人の人相風体を覚えているか、とか、そんなことを聞かれたような気がする。

ぼんやりとした頭で目撃したありのままを答え、どこかに自分の連絡先も書いたような気がする。

事情聴取が終わり、やっと解放された私はキヨスクで缶コーヒーを買って、封鎖されている改札のそばで立ったまま一息ついた。足はまだ微かに震えていて、座る気になれない。

コーヒーが思ったより冷えていなくて、よけいに中途半端な、不快な気分。

さっき取材を終えたところまでは、楽しかったのに。いろいろな意味で損をしたような気分だった私は、これから向かう新聞社のデスクにとりあえず電話してみようと、携帯のアドレス帳をいじり始めた。

私はニュース担当じゃないけど、とりあえずせっかく自殺の現場に立ち会って聴取まで受けたのだから、詳細をタレこんでおけば、誰かが何かのネタに…デスクに電話する直前に、私の指は止まってしまった。

そして、思いがけず、ツンと鼻の痛みを感じ、じんわりと涙が滲んできて慌てて天井を向いた。

見ず知らずの彼の死が、ショックだったからでも悲しかったからでもない。残念だがいい歳して、そんなにピュアでもない。

私は、さっきの野次馬とおんなじだった。

人が死んだというのに。

そして彼は、病んでいたというのに。

間違いない。あの歩き方、表情、長い間ある種の向精神薬を服用している人独特の、あの肌の質感。

かつてほんの短い間、精神科病棟に居たころ、彼のような人たちがたくさんいた。たくさんいて。生きて、笑って、苦しんで、治療して、きっと何人かは、今も入院している。

涙目の私は独り立ったまま、最初に何の気なしに精神科作業療法士を目指した潜在的な理由に、初めて気づきはじめていた。自分の中の冷たさ、偏見、傲慢。人1人死んだ現実をきちんと実感できず、面白半分で写真を撮るような危うさが、私の中にもある。それもある意味、精神の病。

ほんの少しでも精神科に勤めたことがあるのに、長年精神疾患で苦しんできたであろうあの自殺者の、電車に飛び込むまでの経緯を想像することも出来ず、「このままじゃ気分が晴れないから」という理由でネタにしようとした。純粋な報道精神とは、かけ離れた動機。

そんな醜い、脆い、私の精神。

やっかいなそれを何とかしたくて、患者さんを映し鏡として自分自身を見直したくて、きっと無意識に精神科を選んだのだと、まだガヤガヤしている駅の改札口近くで、じわじわと実感していったのだった。

あの田舎の精神科に勤めたとき、大学出立ての私は「患者さんの病状を改善させるのだ」「患者さんの社会復帰を助けるのだ」などと思い上がったことを思っていなかっただろうか。

とんでもない。

一緒に改善していく。一緒に復帰を目指す。

患者さんの横に並んで。

対等な人間として。

精神科作業療法士の世界からドロップアウトして何年も経つけれど、

今の私はどうだろう。そんなスタンスで、いけるだろうか??

いける気がする。

一度あの世界から逃げ、お祭りみたいな数年を過ごし、今ここで自分の心の間違いや醜さを嫌というほど知ったから。

いける気がする。

改札口前で、私はやっと自分を取り戻した。

野次馬たちもまた、警官に押し戻されて舌打ちをしながら地上に戻っていく。

携帯をたたんでポケットに突っ込んだ。地上に上がって、タクシーをつかまえよう。そして新聞社に着いたら、もうすぐライターを辞めて病院に勤めます、と宣言してしまおう。今日はそうするべき日なのだ。雇ってくれる精神科を探すのは、その後でもいい。

階段を駆け上りながら、私の中で、次々としまっておいた記憶が甦りつつあった。最初の田舎の病院を辞めることになったとき、同僚以上に残念がって、心のこもった、小さなプレゼントをくれた患者さんたち。

みんなが作業療法士プログラムで作った手作りのせっけんや七宝焼きのペンダントやお別れの手紙を、私はどこになくしてしまったのだろう。

あのとき確か、たくさんの患者さんに見送られて複雑な顔をしていた私に、ベテラン看護師さんが笑顔で言ったっけ。

「あんたね、必ずまたこの世界に戻ってくると思うよ」

そうだ、とりあえず、帰ろう。

むいてないかもしれないけれど。またダメになるかもしれないけれど。私が精神科で終えなければならない宿題はまだ終わっていない。手もつけていない。

今の私が、このままのほほんと結婚したら、たぶん、クズだ。

忘れられない出来事…自殺の瞬間に居合わせる
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