作業療法士と病院

精神科作業療法士に向いてないかも?!

それでも始めての就職でつまづくわけにはいかない、という意地もあり、なんとかやり過ごしていたある日、突然札幌で精神科作業療法士をしていた同期の女子が遊びに来た。

病院で借り上げているワンルームマンションを訪ねてきた彼女と、普通に話をしていたつもりの私だったが、

「大丈夫??」

と言われてしまった。

「顔色も真っ青だし、以前のウエノじゃないみたい。なんかあった??」

不覚にも言い当てられて、私は号泣してしまったのである。彼女のひざに突っ伏して、延々2時間ほど。泣き終わるころには小さな窓から夕日が差し込んでいて、あまりに長く彼女のひざをい借りてしまったことをまず謝った。

しかし彼女は、時間のことは気にしなくていいから…といって話を聞いてくれたのだった。

統合失調症の、重症患者が圧倒的に多いこと。

ストレスフルな職場であるせいかわけのわからない噂が流れたりすること。

T先輩の様子がおかしいこと。
看護師さんには、私の入社後におかしくなったと指摘されたこと。

どうやら自分は妄想に取り込まれている状態にあると思う、ということ。

夕日を通り越して窓の外が暗くなっても、彼女は動じることなく、微笑みながら話を聞いてくれた。その表情を見て思ったのだ。ああ、精神科作業療法士に向いているのは、きっとこういう人だと。

「ねえ、私って精神科作業療法士、もしかして向いてないのかな」

私はその友だちに聞いてみた。普通、こういう場合は「そんなことないよ」という励ましが返ってくるものだが、このときは違った。

「あのね、私そういう話ができたらな、と思ってフラッと来てみたの。来て、正解だったね」彼女はさらに微笑んだ。

「たしかにあの病院はいろいろな噂もあるし、初めての就職としては良くない環境だったと思う。でもね、かえって良かったんじゃない?ひどい目にあったおかげで、ウエノは新しい自分を発見できるかもしれないじゃない」

私は目をしばしばさせた。涙はもう乾いていた。

「こないだ卒業アルバム見ててさ、ウエノの描いたヘンな挿絵とか、デザインした部分とか眺めててさ、あの人病院の仕事でいいのかな…ってちょっと思ったの。もっと、自分を表現できるというか、クリエイティブな仕事の方が向いてそうじゃない??自分ではどうなの??」

自分では…だって食べていけるほどの他の才能もないし作業療法士の方がツブシがきくし…。と無言でしり込みしている私の背中を彼女はもう一度押した。

「資格持ってんだもん、戻ろうと思えばいつでも戻れるじゃん。辞めてもいいと思うよ。このままじゃ、ウエノが病気になっちゃうよ」

彼女のこの言葉で、本当に自分の中の毒が抜けたように「ラクになる」感覚を味わった。肩の力が全部抜けたのだ。彼女が来てくれて本当に良かった。残念ながら今の職場には、他の人の相談に応じる余裕のある人はいないだろう。

わずか1年足らずで生じた未熟な迷いだけれど、リセットする時間が必要だ。その時間は、人に頼らず自分で作るのだ。

今の職場をやめよう。

自分が本当にやりたかったことを、リストアップしてみよう。なんなら、住む土地を思い切って変えてみてもいい。ほんの数時間前まで考えもしなかった大胆なプランが、次々と頭に浮かぶ。

「わかったよ。ありがとう!!でもなんで?私が悩んでること、わかってて来てくれたの??」

女のカンだよ、と言い残し、彼女は帰っていった。今思えば女のカンというより、精神科作業療法士のカンというべきものではなかっただろうか。

彼女を送り出した後、私は玄関の鏡を見た。そして、鏡をずっと見ていなかったことに気づいた。自分で言うのもなんだが今は、顔色も悪くなく、何かやらかしてくれそうな、いい顔をしている。

私が辞めることでT先輩と彼氏のギクシャクもなんとかなるだろうか、なんてことを考え、自分の楽天的な発想に驚きながら、私は上着を着込んで就職雑誌を買いに出た。

アパートの階段を降りながら、自分の楽しそうな鼻歌が聞こえてくるのを不思議な気持ちで聞いていた。そう、辞める決心がついて、確かに私は楽しい気分になっていた。しかし一方では、

一抹の寂しさも感じていた。

数週間後、私はK病院の病棟と各部署に退職の挨拶に回っていた。お世話になった先生、先輩、そして患者さん。ごめんなさい、とりあえず、私辞めます。そんな気持ちで頭を下げて回った。

皆さんのことが嫌いなわけではなかったから、余計に寂しく感じたのだ。そして、次のプランのことで頭はいっぱいだったけれど、精神科の皆さんにはまたどこかで会いたいな、とも素直に思ったのだった。

予感的中…何かとヘヴィなS病院
心機一転、チョー楽しい東京暮らし