作業療法士と病院

長期実習・精神科編~私がイジメられた理由(2)~

しかしほどなく問題は起きた。

ある日スーパバイザーに呼び出された私は、スタッフルームで「メンバーに煙草をたかってはいけない」と叱責された。

私は目を白黒させて言葉に詰まってしまった。

確かに当時私はかなりのヘビースモーカーになりつつあったが、実習先の施設にいる間は心証が悪くなることを恐れ、禁止されてはいなかったにも関わらずほとんど吸わなかった。しかしほんの数回、吸ったことがあったのだった。

ンバーの中でもとくに仲良くしていた…と私が思い込んでいた同年代の統合失調症の女性、Yちゃん。ある日彼女とその友人たち数人と私は談笑していた。

「談笑」と書いたが、これは心から談笑しているのとはちょっと違う。

たとえ休み時間の会話でも、煙草を一服吸いながらの何気ないやりとりの中でも、スタッフや学生は完全に素に戻って会話を楽しんでいるわけではない。すべては病状観察の機会であり、こちらが投げかける言葉1つ1つも慎重に選び、治療的意義のある会話にするのが務めである。

一見リラックスして話しているようであっても、スタッフサイドにはメンバーの状態を良い状態に維持していくためのさまざまな思惑があるわけだ。

その日、私はYちゃんに煙草吸うんでしょう?と言い当てられてしまった。

Y「ねえ、朝ここに来る前に一服してるでしょう?隠してもわかるよ」

私「煙草のニオイ残ってた?ばれたか…(笑)」

Y「1本あげるから、吸いなよ」

私「いいよ私は、そんなに我慢できないわけじゃないから」

Yの友人M「遠慮すんなよ。こういうときは付き合わなきゃ」

そうか、実習生だからってここで一線引いたら、みんな差別されているような気分になるだろうか。実習期間中の煙草も禁止なわけじゃないし、私も一応二十歳過ぎてるわけだし問題はないか…

なんだかせっかく仲良くなって、病気のことでも何でも話してくれるようになったメンバーと距離が出来てしまうのが怖くて、私はYちゃんに煙草を1本いただいた。そして、初めて他人に煙草の火をつけてもらったのだった。

みんなは、学生の私が仲間に加わって煙草をふかす姿を見て目を細めた。そして、今まで来た学生さんの中でたまちゃんが一番親しみやすいね、などと言い出した。

Y「ねえ、たまちゃんは1日に何本くらい吸うの」

私「普段は1箱くらいかなあ…でもホントは、やめたいんだけどね」

M「無理無理、俺も何度も挑戦したけど。あきらめた方がいいよ」

Y「そうそう、かえってストレスたまって病気になったりしてさ」

私「そう?でも体に悪いのは確かだしね」

Y「ガンとか心配なの?」

私「肌にも悪いしさ。いいことなんて無いよ」

M「いや、いいこともあるよ~アイディアがひらめく。ニコチン臭さで酒臭いのをごまかせる(笑)」Mさんはアルコール依存症だった。

Y「そっか~タバコそんなによくないのかあ…」

私「煙草吸ったら痩せるとか、いうけどね。確かに多少食欲は落ちるわね」

M「飯がまずくなるからね」

私「でも、体悪くしてまで痩せるなんて、バカみたいだよね」

私はあろうことか、まったく油断して素で会話していた。Mさんと私が盛り上がる横で、Yちゃんが言葉少なになったことになぜ気づかなかったのだろう。

スーパーバイザーは、Yちゃんが「学生に煙草をたかられた」と言っている、と言った。いえ違います、Yちゃんが私に煙草をすすめたので…と言い訳をしながら、私はハッとした。

Yちゃんは、とても太っている。

身長・体重の比率で言うと、たぶんお相撲さんとあまり変わらないくらいである。病前の写真を見るととても痩せていてキレイだ。きっと病気や薬の副作用が、Yちゃんの体重増加に拍車をかけたのだろう。

実習の初日、Yちゃんは私に近づいてきて、ため息混じりにまずこう言った。「いいねえ、学生さんは痩せてて。私もそれくらい痩せたいんだよね」

私は当時痩せているのが取り柄という感じだったが、Yちゃんの方が、太っているとはいえ数倍美人。まさか彼女が、本気で私の体形をうらやんでいるとは受け取らなかった。

Yちゃんは10代の頃ヤンキーグループにいたというようなこともカルテに書いてあったっけ。もしかしたら彼女が大して美味しくなさそうな顔をしながらも、毎日プカプカと煙草を吸っているのは「煙草を吸えば痩せる」という誤ったダイエット知識を不良仲間か誰かに植えつけられたからではないだろうか。

それは彼女なりの、キレイに痩せるための努力であったに違いないのに、痩せている私に「体悪くしてまで痩せるなんて、バカみたいだよね」とバッサリ切られてどれほど傷ついただろう。

私は青くなった。

Yちゃんは私に陰性感情(相手に好意を持っていればいるほど強く出てくる憎しみ・嫌悪感などのマイナス感情)を抱いてしまった。自分の心無いひと言でYちゃんの状態悪化、という最悪のシナリオが頭の中でぐるぐる回る。私はスーパーバイザーにすべてを話し、アドバイスを求めた。バイザーは腕組みをしてこう言った。

「そうですか…上野さんちょっと油断しましたね。どんなに親しくなっても、自分と患者さんの適切な【治療的関係】を損なってはいけませんよ。Yちゃんには、すぐにストレートに謝るのがいいでしょう。ただ…」

「ただ、何ですか??」

「Yちゃんは元々不良グループのリーダーだった人です。今でも、若いのにメンバーさんの中で結構な影響力を持っているでしょう?上野さんの実習が極端にやりにくくならなければ良いんだけど…」

最悪の事態になったらもちろん助け舟出すからねとバイザーは言ってくれた。

長期実習・精神科編~私がイジメられた理由(1)~
長期実習・精神科編~私がイジメられた理由(3)~